(管理人より) 岩見億丈医師の第26回廃棄物資源循環学会研究発表会の講演原稿を転載させていただきます。
第26回廃棄物資源循環学会研究発表会 講演原稿2015
焼却炉周囲における土壌中放射性セシウム濃度の異常上昇
○(正)岩見億丈1)、中屋諒大1)、笹井康則2)
1)岩見神経内科医院、2)みなとや調剤薬局
1. はじめに
一般廃棄物焼却炉のバグフィルターの排ガス中放射性セシウム除去能力は99%を大きく下回る可能性を、笹井、岩見らは提示してきた1~3)。
今回、我々は放射性セシウム汚染物を焼却してきた宮古市焼却炉周囲において土壌中放射性セシウム濃度を調査し、Cs134 およびCs137 濃度が焼却炉近傍で異常高値であることを観測したので報告する。
2. 方法
採取した土壌は宮古市焼却炉周囲約9km 以内のもので総数326 である。地表下5cm の深さまでの土壌を均等に混ぜ、100ml の量、U8 容器に採取した。
耕作等によるセシウムの垂直方向濃度分布変化によるバイアスを除くため、採取場所は耕作されていない一般家庭の庭225、山93、公園校庭等8 で行った。一般家庭では雨樋近傍での採取は避け家屋からなるべく離れた地点で採取した。
採取日は2014 年9 月より11 月までの間である。採取土壌を温室で自然乾燥させた後、測定装置SEIKO E&G 製SEG-EMS(GEM25P4-70)および分析ソフトGamma station Ver.1.7.8 により、時間100分で放射能を測定した。多くの試料でCs134 およびCs137 の測定下限値は3~4Bq/kg であったが、1 割弱の試料でCs134の測定下限値が5 Bq/kg を越えていたため、これらの試料は150 分以上の測定時間をかけ再測定し、Cs134 およびCs137の測定下限値5 未満が得られていることを確認し測定値とした。
統計学的検討を行う際、測定下限値以下の測定値には測定下限値の1/2 の値を当て、マイクロソフトエクセルにより計算した。土壌中放射能濃度の分布は対数正規分布を仮定した。幾何平均値の差の統計学的推定にはデルタ法による近似正規分布モデルを用いた。測定値は崩壊による放射能の減衰で補正して2014 年9 月1 日の濃度値に変換し、考察時にも同様の変換値をすべての放射能で用いた。
3. 結果
Cs134 およびCs137 の土壌中濃度をグーグルマップにより図1 および図2 に示す。Cs134、Cs137 ともに高濃度地点(Cs134;15Bq/kg 以上、Cs137;40Bq/kg 以上)は焼却炉からの離距離1.7km 未満の地点のみに存在した。中濃度地点(Cs134; 10~14Bq/kg、Cs137;23~39Bq/kg)の大半が離距離1.7km 未満の地点に存在した。表1 に離距離1.7km 未満の濃度(濃度A)と1.7km 以上の濃度(濃度B)とを統計学的に比較検討した結果を示す。
山および庭という土壌の性質によらず、Cs134、Cs137 濃度ともにA がB より統計学的に高値である。全標本について、A とB の幾何平均値の比をt 検定すると、Cs134 は1.7 倍、Cs137 は2.4 倍、A がB より高値であり、P 値はそれぞれ1.7E-11、4.9E-15 である。
4. 考察
観察された土壌中Cs134 とCs137 は、その濃度を2011 年3 月時点に変換すると1:1 の比になり、福島原発事故由来であると判断できる。
焼却炉からの離距離1.7km 未満にあり、土壌中Cs134、Cs137 濃度の高値が観察された地区は、小山田、八木沢、ラサ山の3 地区である。焼却炉の東に近接しているのがラサ山であり、焼却炉北東の住宅地区が小山田であり、南東の住宅地区が八木沢である。
このように焼却炉がある山を跨いで福島原発事故由来の放射性物質の高濃度汚染地区が存在し、その周囲では高濃度汚染地区が存在しない場合、高濃度汚染を来した原因の一つとして焼却炉を挙げられる。宮古市では焼却炉以外に観察された放射能分布を説明できる要因はなく、放射性セシウムを含む牧草や廃棄物を焼却炉で焼却処分したことが原因で、放射性セシウム土壌汚染が発生したと判断できる。
【連絡先】〒027-0083 岩手県宮古市大通り1-5-2 岩見神経内科医院
岩見億丈 Tel:0193-71-1500 FAX:0193-71-1588 e-mail:iwamineurol@mx5.et.tiki.ne.jp
【キーワード】焼却炉、バグフィルター、放射性セシウム漏出、土壌中放射性セシウム濃度、濃度規制
小山田、八木沢、ラサ山の調査面積の概算値の合計は90 万m2 である。1.7km の距離内外の濃度差として幾何平均値の差Cs134、1.9Bq/kg、Cs137、8.2Bq/kg を採用すると、土の密度を1.6g/cm3 として過剰なCs134、Cs137 が152Bq/m2、656Bq/m2 あることになり、3 つの地域の過剰な放射能量は、Cs134 が1.37 億Bq、Cs137 が5.90 億Bq となる。
一方、2013 年7 月8 日から2014 年8 月31 日までに清掃センターの灰に回収されたCs134、Cs137 は、1.09 億Bq、2.84 億Bq である。汚染牧草処分を開始する2013 年7 月以前、一般ごみだけの焼却時に行われた灰中放射能セシウム濃度測定11 回分から推定すると、清掃センターで2013 年6 月までに灰に回収されたCs134、Cs137 は、1.16 億Bq、3.51 億Bq と概算される。
2012 年3 月から2014 年3 月の間に稼働した、清掃センターに隣接した岩手県仮設焼却炉で焼却処分された災害廃棄物に関する灰の月1 回の濃度測定値から計算すると、同焼却炉で灰に回収されたCs134、Cs137 の総量は、1.79 億Bq、4.62 億Bq である。
以上の概算から複数の焼却炉において灰に残ったCs134、Cs137 の総量は、4.04億Bq、10.97 億Bq となる。バグフィルターが排ガス中の放射性セシウムの99.9%を除去し飛灰に回収するのであれば、主灰に含まれる放射能を考慮し、環境中に漏れ出るCs134、Cs137 の量は、40.4 万Bq、110 万Bq を越えない。
従って、3 地区に過剰に存在するCs134、Cs137 は、排ガス中放射性セシウムの99.9%を除去できた場合における漏出量の339 倍、538 倍以上に相当する量であり、主灰と飛灰に回収されたセシウム総量の34%、54%である。クリンカ等は宮古清掃センター焼却炉ではほとんど発生しないと言われており、クリンカ分を無視し土壌中放射能濃度の差を用いて焼却炉からのCs134、Cs137 漏出率を求めると25%、35%となり、物質収支から計算した漏出率に近似している1.2)。
焼却炉などの固定発生源からPM2.5 などのエアロゾルが排出される機構として、神谷らは次の3 機構を指摘している4)。
(1)バグフィルターの捕集効率が最低になる粒径数10nm から数100nm の粒子が主な構成員である粒子集団の排出、(2)バグフィルターを通過する際の温度では気体状になっている凝縮性粒子の存在、(3)バイパス操作等によるバグフィルター等を通過しない排出経路。
また、バグフィルター払い落とし時の捕集効率低下は以前から指摘されてきたことであったが、Park らは粒子径別の捕集率低下の詳細なデータを示しており、この機構もエアロゾル排出機構の一つである5)。
これらの4 つの機構により、排ガス中放射性セシウムは、バグフィルターで捕捉されず、焼却炉から漏出し、周囲の土壌に飛び散ったと考えられる。バイパス経路による漏出を宮古市清掃センターは否定しており、バグフィルターが排ガス中放射性セシウムを99.9%除去するという仮説は支持できない。また、行政的に現在施行されている排ガス濃度規制の方法では、放射性セシウムの漏出を十分管理できていないと言える。
昨年の本研究発表会で、岩見らは焼却炉風下約2km の地点で空間線量率の上昇を報告したが3)、この上昇にCs134とCs137 による寄与はほとんどないと考えられることを今回の研究は示している。空間線量率が上昇している地域ではK40 の土壌中濃度が高く、この地域の空間線量率上昇はK40 およびK40 と同様の地理的分布を示す放射性核種によるものと推定される。自然界に見られる地質学的分布で説明できるのか、工場や焼却炉などの人為的要因によって説明できるのか否かについては現在調査中である。
5. 結語
宮古市焼却炉周囲9km の範囲で326 ヶ所の土壌調査を行ったところ、焼却炉からの離距離1.7km 未満の地点では、土壌中Cs134 およびCs137 濃度が、離距離1.7km 以上の地点に比べ1.7 倍および2.4 倍高値であり(P 値<10-10)、焼却炉で放射性セシウムを高濃度に含む牧草や廃棄物を処分したことが原因と考えられる。今回の観測値は、焼却炉での物質収支による推定漏出量とほぼ整合していた。
一般焼却炉のバグフィルターのみで排ガス中放射性セシウムを99.9%除去できるという仮説は支持できず、バグフィルターの除去能力の見直しが必要である。現行の放射性セシウムの排ガス濃度規制では、一般焼却炉からの放射性セシウム漏出を十分防止できていないと考えられる。
謝辞 デルタ法による近似正規分布モデルを指導いただいた岡山理科大学総合情報学部山本英二先生に深謝致します。
COI 今回の発表に関連し開示すべき利益相反はありません。
文献
(1) 笹井康則ほか. 宮古市「放射性物質に汚染された農林業系副産物の焼却処理」に伴う放射性セシウムの大気への漏出.http://sanriku.my.coocan.jp/Miyakoshoukyaku.pdf
(2) 岩見億丈ほか. ゴミ焼却時における放射性セシウムの排ガスへの漏れ:精密測定法およびベイズ統計による回収率の評価. http://sanriku.my.coocan.jp/140105Miyakoshoukyaku.pdf
(3) 岩見億丈ほか. 放射性物質を処理する焼却炉周囲の空間線量率に関する研究.第25 回廃棄物資源循環学会研究発表会講演原稿集,pp.375-376 (2014)
(4) 神谷秀博ほか. 固定発生源におけるエアロゾルの生成と排出機構.エアロゾル研究,第29 巻,NoS1,pp.27-37(2014)
(5) B.H.Park et al. Filtration Characteristics of Fine Particulate Matters in a PTFE/Glass Composite Bag Filter .
Aerosol and Air Quality Research, Vol.12, pp.1030-1036 (2012)
(管理人より) 参考資料
第25回廃棄物資源循環学会研究発表会 講演原稿2014 放射性物質を処理する焼却炉周囲の空間線量に関する研究
20 April 2014 ゴミ焼却による放射能空間線量率の上昇: その1;宮古市役所と宮古清掃センター
20 April 2014 1 ゴミ焼却による放射能空間線量率の上昇: その2;宮古市内の校庭と園庭
追記しておきたいと思います。
第26回廃棄物資源循環学会研究発表会のHPに 今回の岩見医師の原稿「焼却炉周囲における土壌中放射性セシウム濃度の異常上昇」があるのですが
この廃棄物資源循環学会研究発表会のHPを見ると、まあ、驚く程の原子力ムラでした。 ご確認ください
協 賛 団 体 原発メーカー 焼却炉メーカー 産廃企業がズラリ! JESCOも!
この廃棄物資源循環学会で発表された研究が全部正しいとか、全部おかしいとかは言えません。それぞれに検証するべきだとは思います。
この岩見医師の焼却炉周囲の土壌の研究は、バグフィルターは安全ではないということがわかるので参考になると思い、ブログに転載しました。
しかし、今回引用した中の
「昨年の本研究発表会で、岩見らは焼却炉風下約2km の地点で空間線量率の上昇を報告したが3)、この上昇にCs134とCs137 による寄与はほとんどないと考えられることを今回の研究は示している。空間線量率が上昇している地域ではK40 の土壌中濃度が高く、この地域の空間線量率上昇はK40 およびK40 と同様の地理的分布を示す放射性核種によるものと推定される。自然界に見られる地質学的分布で説明できるのか、工場や焼却炉などの人為的要因によって説明できるのか否かについては現在調査中である。」
という考察部分については、よくわかりません。
2014年に出されている論文と読み比べています。
第25回廃棄物資源循環学会研究発表会 講演原稿2014 放射性物質を処理する焼却炉周囲の空間線量に関する研究
20 April 2014 ゴミ焼却による放射能空間線量率の上昇: その1;宮古市役所と宮古清掃センター
20 April 2014 1 ゴミ焼却による放射能空間線量率の上昇: その2;宮古市内の校庭と園庭
ここからは私の考えなのですが、焼却炉の影響を考えるのに、周辺の土壌と空間線量と両方調べることが重要だと思っています。
理由は、福島、東京で実際に焼却炉周辺でしかも少し離れた2~3km程度のところで実際に空間線量を測った人から、明らかに高い数値を得たということを聞いていたからです。
従って、「空間線量ではなく土壌検査を」または「土壌検査はせず空間線量だけでいい」といった「どちらかに偏った」主張には、どうしても納得がいきません。
そういう偏った主張には、なにか意図的な誘導があるのではないかと思っています。