講演録(6) 質問
司会者
どうもありがとうございました。1時間半にわたるお話でした。市川先生の研究史を中心としながら、そのことが、まさに我々が問題にしている低線量、あるいは微量放射線の生物体への影響ということに直接関わってくる話の内容になったと思うんですけども、非常にお話が多岐にわたりながら、かつ早口でお話されたということもありますので、ちょっと消化しきれない部分もあったんではないかと思いますので、非常に単純なことで結構ですので、質問を少し受けていきたいと思うんです。問題を出していただきたいんですが。
しきい値説と放射線有用説
質問者
先生は、しきい値はないという、先生の研究に対して推進派というか、国側の御用学者達は、いやそうじゃないんだと、しきい値はあるんだと。ないしは低いレベルの放射線というのは、むしろ体にいいんだと、放射線ホメオスタシスという、そういう変な名前も付けて、多少は放射線を浴びてたほうが健康にいいくらいだというようなことまで言い始めてるんですけども、先生はそういう考え方に反論というか、ご意見があったらお聞きしたいんですけど。
市川
しきい値はないんだということは、例えば国際放射線防護委員会も、あくまでも放射線防護はしきい値はないという立場で行わなければならないということを明確に言ってますから、しきい値説がないということは普通に認められていることなんですけども、日本の原子力関係の人に限って、あるいはそっちに弁護してる科学者に限っては、実際はしきい値なんかないんだが、ホメオスタシスはある、その証拠にということで持ち出してるのが、いわゆる放射線がある量よりも、もっと小さくなったら、かえって生物にはプラスの面が出てくるんだと、マイナスじゃなくて。それは昔からそういう説を唱える人がいたんです。なぜかというと、生物はある放射線を浴びると、例えば最初に植物で見つかった例は、非常に微量の放射線だったら成長が良くなるんです。
例えば麦の種に照射して芽生えさせるでしょ、それで放射線の量が多いほど、障害が起きて草丈が低くなる。ところが、ある量より低くなると、かえって高くなると。比較したコントロールといって、照射しなかったものより少し高くなる。それが一番最初にいわれた低線量の方がいいんだという。
ところが、その後いろんな修復機構とか分かってくることによって、修復機構とは全く関係のない、生物学的修復機構なんだけど、分子レベルでの修復機構とは関係なしに、いくつかの細胞が機能を失いますと、植物の場合そうなんですが、他の細胞がそれをカバーしようとする。だから、例えば植物の幹に傷がついたら、その傷ついたところを治そうと、その周りの細胞が盛んに分裂するようになる。それと同じことが起こるから結果として背が高くなるんだということがわかって、遺伝レベルの修復とは関係のない、周りの細胞が、本能と言えるかどうかわかりませんが、動物じゃないから、周りで起こったことに対して即座に対応する手段のひとつとしてそういうのがある。
今おっしゃったようなのは、ある量の放射線を浴びないと修復機構が働かないことから起こってることなんですね。だから、ある量の放射線を浴びるまでは修復というのは起こらないから、皆さんの側から見ると、このグラフの縦軸と横軸を考えると、すうっと増えはじめるんです、微量でも。そしてしきい値はないんです。ところが、ある量になるとすうっと落ちるんです。それで、途中からそれより低い勾配というか傾き方で、ずっと直線上に増えていくんです。
それが今の新しい説を唱えられる人で、いっぺんコブになる部分は、かえっていいんだと。だから、極微量よりもちょっといったところ、もうちょっと高い放射線を浴びる方が、かえっていいんだということをおっしゃってるんです。
植物と動物で異なる修復機構
それは突然変異でもどんなことでもそうなんですが、植物の場合はそういうふうに神経系でやってるわけじゃないですから、細胞の中で修復もして、放射線の被曝を受けたその細胞単位では自分で修復しようとしてます。だけど、それでもなおかつやられた時に周りの細胞が、そのやられた分を補うために細胞が増殖するというのが植物流のやり方。
動物の場合は、神経というのは下等なものから高等なものまでありますけど、それとホルモンというものがあって、それからいろんな事態を認識しようという細胞、例えば異種タンパクが入ってきたらそれを見つけ出すT細胞。それに対する抗体を作り出すB細胞というリンパ球があるように、いろんな状態を動きまわって偵察してるというか、そういうことをしてる細胞があって、そういうのを何か感知されると修復機構が働きだすんです。
DNAの修復というのは何種類もあります。それで1番最初に知られたのは、光回復といいまして、紫外線によってDNAに異常が起こり、となりの塩基というもの同士がくっついたりしてしまったりして、特にチミンというものはくっつきやすいのですが、チミンが2つくっつくと、それとくっつくべきアデニンという向かいの鎖の塩基がくっつけなくなって、DNAのそこの部分が欠落してしまう。
そういうのに対して、紫外線でそういうことが起こっても可視光線のエネルギーでもってそれを直してしまうという光回復が一番先にわかった。
それから都合の悪いところができると、そこを切り取ってしまって、悪くなってない側に合わせて、DNAというのは塩基の配列が、AとT、GとCといって、Aというのがアデニン、Tというのがチミン、Gというのがグアニン、Cはシトシンという塩基、4種類しかないんだけど、必ず2本のDNAの鎖の、片方がAだったら片方はT、片方がGだったら片方はCというふうに決まってますから、その傷ついた部分だけ切り出して、そして残ってるもう一方に合わせて新しい部分を入れるという、そういう切り出し修復も見つかったんです。
それから、さらに新しい、専門的になりますからやめますけど、それ以外のいろんな修復法が見つかってきたんです。そういういろんな修復機構というのも、実際に修復しようという指令がこないと働きださない、動物の場合は。
だから、その指令を出すシステムというのを持ってる動物では、さっき言ったように、ある程度傷害が起こってるということが認識されないと修復機構は働かないことは当然考えられる。そういう時に起こってることが、その新しい説を言い出す、新しい古い説を言い出すと言ったほうが正解かもしれないけれど、ひとつの根拠になってるわけですね。
マレーシアでのモナザイト被害
関連してお話しますが、僕がさっき言ったように使ったガラス線量計ではなく、熱蛍光線量計(TLD)という、ごく小さい精度の高い放射線測定器を使ったケースに触れておきます。
今日は話さなかったですけど、マレーシアで起こった、日系のその当時の三菱化成という会社が放射性トリウム、トリウム232という核分裂するものを含むモナザイトという鉱石から、イットリウムという希土類金属を取り出す工場を作ってたんです。ところが、もとのモナザイトにはトリウム232は7%含まれているんですが、イットリウムを取り出したあとの廃棄物には14%もトリウム232があって、しかもトリウム232というのは放射能の半減期が141億年で、天然の放射能で一番長寿命なんです。141億年ですよ。地球ができてからまだ46億年しかない。それが入ってるのに柵も何にもなしに、野積みで捨ててたんです。
僕がマレーシアから依頼を受けて調査に行った。合計7回行ったんですけども、1回目にそれを見た時で推定350トンもの廃棄物の山。それで僕がその周辺でのTLDによる測定調査結果を出したら、英文で書いたのを周辺の住民達が、それをよりどころにして、イポー高等裁判所に訴えた。マレーシアはイギリス法ですから、政府の認可がかかってる件は高等裁判所からしか始まらない。日本でいう一審はないんです。高裁は僕の報告書を鑑定書と認めて、その裁判は仮執行命令の裁判だったんですけど、住民の訴えを認めて、AREという会社だったんですけど、そのAREの即時業務停止、それからすでに捨ててあった強い放射性のトリウム廃棄物を撤去し、安全管理するという命令を出しました。確かにARE工場はすぐに作業をやめたんです。
ところが、何て言ったかというと、「裁判所の仮執行命令を従うんではない」と。マレーシア政府が新しく作ろうとしていた原子力法に合うように改善すると。その当時マレーシアには原子力に関する法律が全くなかったんです。普通の放射性物質を扱う法律しかなかったんです。
トリウム232というのは国際的に核原料物質・核分裂物質として認められてて、それを扱うには原子力法がいるんですけど、マレーシアはそれを作ってなかった。しかもマハティールという今の首相が首相に選ばれた直後です。
三菱との癒着
マハティール氏が選挙後はじめてやったのが、三菱系からものすごいたくさんの選挙資金をもらってたから、三菱化成にそういうことを認めてしまった。現地にAREという会社を作って。同時に三菱系に非常にプラスになることをやったのは、その当時、もう日本の車はたくさんの会社の車種が入ってたんですが、三菱とだけ提携して、その頃に走ってたランサーという車種をマレーシアで国産して、税法上などの特典を与えて優遇しました。
とにかく、そういう総理大臣のもとでその工場が許されてしまった。三菱は、総理大臣が認めてるんだから、放射性物質を捨てようが何しようが平気だろうし、柵をしたり、放射能のマークをつけたりしたらかえって疑われる。だけどその当時のマレーシアの法律でも、少なくとも柵はして、放射能のマークはつけなきゃいけなかった。それを守らなかったため、牛を追う子どもたちが、牛を追いながらその放射性トリウムの上を越えていったり、そんなふうだったんです。
それで7回行って、証言をして、イポー高裁は最終的に正式な裁判でも違法判決をして、操業禁止と廃棄物の撤去を命令したんです。それからAREと三菱は最高裁に訴えたんですけど、最高裁では逆転勝訴したんです。形の上では。最高裁は、僕の調査は個人的な調査であって、その会社がやった組織的な調査に比べて、個人の勝手な判断なり、恣意的にデータを作る機会があったと断じたんです。そんなことはできないような調査方法をしてたのにです。つまり、僕は現地で瞬時瞬時の放射線量率のメーターが、ここは放射線量率高いよ、ここはレベル高いよと、誰もが見れる、全面公開調査で。
ただ、TLDによる、ものすごく小さい集積線量を測るのは、それを読み取ることができるのは僕の大学でしかできませんから、そのところは完全に誰も見てない世界になります。だから、そのためにガイガーカウンターで測ったものを現地に残したわけです。それと一致してるかどうか、瞬時の線量率、つまり単位時間あたりの線量率と集積線量が合ってるかどうか、一般に分るように。裁判所にもそれを出してるわけです、証拠としてね。なのに最高裁はそういうことをぜんぜんわからないで、たった1人の調査は複数でやった会社のデータよりも信用できないと断定したんです。
ただし、やっぱり最高裁判所も気が引けたのか、どういうことを書いたかというと、そのARE社が、これだけの措置をとり、これだけの気を使って、今度できた原子力法を忠実に守れば、安全性を確保できると。ところが、その最高裁の判決で言われたものを全部やろうとしたら、ものすごい金がかかるんです。そこでイットリウムを取り出して得られる収入よりもずっと大きくなるから撤退したんです。撤退して何て言ったかというと、中国から買い付けた方が安いと言ったんです。
そういう三菱のことにまでいきましたけど、とにかく、マレーシアでも言われたのは、トリウム廃棄物を捨てたのが発覚してからも、みんなに言ったことは、放射線は少し浴びた方がずっと健康にいいんだと、会社は皆さんに貢献してきたと平気で言ったんです。
ところが、裁判中に白血病の子どもが、はじめ2人で、4人になり6人になり、しかも最高裁の判決が出るまでに最初の6人は全部死んでしまった。それで僕は撤退したあと行ったときに、7人目の子が発生してました。まだ、トリウムが地面の中にいっぱい残ってるんです、撤去したと言いながら。撤去したあと測定しても放射線量は高いままなんです。141億年で放射能がようやく半減するものが、まだたくさん残ってるんです。
微量放射線の直接的影響
質問者
先生、いいですか。時間もあんまりないので、いろいろ質問を受けたいと思うんですが、僕の方からちょっと質問をしたいのは、非常に直接的な話なんですが、事故のあとにとてもだるいという感じ方をする人がたくさんでてきたり、風邪を引きやすくなったとかという方が出てきたり、それから喉が痛いとか、斑点ができたとか、あるいは口に粘膜がおかされて、口内炎とかそういう症状が出たとか、そういうようなことを訴える方がたくさん出ているわけなんです。それについて、先生の今の中性子線の、しかも低レベルでの、微量での影響というもののお話があったんですけど、その先生の考え方とそういった症状が出てきたということについて、どういうふうにつなげて考えたら我々はいいんでしょうか。そこのところを分りやすく説明いただきたいんですが。
市川
放射線の影響というのは、皮膚系に現れたり、神経系に現れたり、粘膜に現れたり、それから循環機能、血管機能、血管の場合は内壁というんですが、内側の壁に現れるんですが、それから消化管に現れたり、そういういろんなものがあるんです。粘膜ももちろんですが。今おっしゃったのは全部起こりうるんです。というのは、神経系をやられますと、神経とホルモンの協調による恒常性という、常に体を一定の状態に保とうとするシステムが狂いますし、それから口の中にできるというのは粘膜の損傷を受けたということになりますし、皮膚に傷害を受けてる人もあるかもしれないし、それから内臓も消化液の分泌がものすごく減っていますから、特に分解する消化酵素、その分泌を調整するホルモンとか、そういうものも量が落ちますから、当然消化状態というのは普通じゃなくなります。
実際、昔から報告されてるのでは、放射線被曝をしたあとでは非常に下痢をしやすくなるというのもあります。それから粘膜がやられますと起こることは、昔から、歯医者でレントゲンを撮った時に、さかんに口内炎ができたんです。それで今はフィルムの感度も、使うレントゲンの状態も改善され、歯を撮影するけどフィルムの向こう側まで届く量をうんと減らしてるんです。
局所被曝の影響
とにかく、そういうふうに昔から出てる例はたくさんあります。おっしゃったようなのは他の放射線でも出ますし、さっき言った中性子の場合は、影響が局所的に、それが何点あろうと、1点1点は局所的ですから、だから総線量は比較的少ないといっても、それぞれの部分、組織や器官の、器官とは、胃とか、心臓とか、肺とか、そういうもの全体の線量は多くなくても、その各局部にあたった線量は大きくなりますから、他の放射線以上に様々な影響が出やすいと考えた方がいいです。
それで、今度の線量、少ない少ないと強調しようという動きがありますけども、もちろん中性子と言えども、現場から離れた人ほど相対的に少なくなることは事実です。それでも、中性子は貫通力が強いですから遠いところまで届きます。電磁波の放射線、ガンマ線とエックス線は距離の2乗に反比例するというんです。距離が4倍になれば16分の1に減るとか。ところが、速中性子はそこまでいかないんです。しかし、その途中でどれだけ弾性衝突を繰り返すか、そのチャンスによって変わってくるんです。
ですから、距離の2乗に反比例するほど急速には減りませんけれども、一般的に距離が遠かった方が少なくて、距離が近かった人の方が多いということなんです。それから、もちろんコンクリートにもある程度の衝突がたくさん起こりうる可能性がありますから、しかも水分子以外のものをたくさん含んでますから、大きな原子核と衝突すると中性子がかえって跳ね返されて逆の方向に飛び出すこともありますから、近くでもどういう建物の中にいたかによって被曝線量は変わってくるんです。
だから、ガラスとかは、ほとんど障害がないのと同じように貫いていきますから、ガラス戸とか、そういうものからは、ほとんど何もなかったのと同じように入っていきます。それと木造の建物ですと中性子はほとんど障害なく通りますから、そういうものによっても違いはありますけども、一般的には距離が遠いほど少ないと言えるでしょうけど、今言ったように、距離が長くて線量が減ってるとはいえ、中性子の影響というのは、それぞれの部分で、器官なら器官、臓器なら臓器、それから組織なら組織、そんなかの小さな点に集中エネルギー与えてますから、普通のガンマ線やエックス線よりも症状が出やすい。そこの部分が損なわれたために、ちゃんとできないと。例えばすい臓のランゲルハンス島というのに集中的にそこで起こったとしますと、インスリンが出なくなるとか、そういうことが起こってくるわけです。だから、今言われてるように線量が比較的少なかった論だけではすまないと思いますね。
小さなエネルギーで大きな効果
質問者
今のに関わることで、エネルギーが小さいほど生物効果は高いというお話で、これはとても衝撃的な話なんですけど、エネルギーが小さい中性子というのは、散乱したものですか、それとも直接来たものでも距離が長くなると遅くなるということですか。
市川
速中性子のスピードが落ちるのは、衝突を繰り返すことによって相手の粒子に、陽子なら陽子に運動エネルギーを与えるから運動エネルギーがだんだん小さくなる。だけど、はじめに持ってるエネルギーは、メガエレクトロンボルトといって、ものすごい大きなものですからね。何個も何個も衝突でエネルギーをだんだん失っていくんですよ。1つの陽子とぶつかっただけで一挙にメガエレクトロンボルトが、ただのエレクトロンボルトに変わるなんて、そんなにまで急速には落ちません。
質問者
これから主張を組み立てるうえで、14.1メガエレクトロンボルトが0.43ですか、100数十倍以上になってると思うんですが、
市川
ちょっと待って。14.1メガエレクトロンボルトに比べて0.43メガエレクトロンボルトの中性子は、「100数十倍の生物効果」を持ってる。
質問者
そうですね。それは分ったんですが、その14.1が0.43になるには、どれくらいぶつかってくるとこれくらいになるんですか。
市川
それは、そういうフィルターを通して得られるんですけど、何回ぶつかってるかは分りません。何回もぶつからして、結果的にそういうふうにするわけですから。
質問者
結局、ほんと端的に言うと、住民の人たちが被曝した中性子というのが、どのくらいのメガエレクトロンボルトだったんだろうなと、今のお話からすると知りたくなってきますよね。仮に今まで中性子で、この程度というふうに言ってる数字があるんですけど、それは科学技術庁が言ってるのと、市民団体というか大阪の関係者の方がおっしゃったものと、かなり差はあるんですけども、それがかなり中性子としてエネルギーが下がってきていて、生物効果が10倍とか100倍とかになってたりすると、ほんとに急性放射線障害が起きるような値を浴びてる人もいるわけなんですね。仮にその生物効果が10倍とか膨大になるとすれば、あり得るなという。
市川
ちょっと待ってください。急性被曝というのは、ガンマ線とかエックス線のように、ある方向から放射線が飛んでくると線としてほんとに高い密度で飛んでくるんです。だから急性傷害というのが現れるんです。今言ったように実際には、主として水素原子にあたって、陽子を飛ばして、陽子は高いエネルギーを得ても電気ブレーキで止まってしまって、狭い範囲しか与えない。だけど、エネルギーを失えば失うほど、何度も衝突して、陽子を飛ばす距離も短くなるし、陽子は同じプラス1の電荷を持ってますから、ずっと早く止まってしまって、そこの止まったとこで、陽子線として放射線作用をする。そういうことですから、問題の作業していた3人は、あれだけむちゃくちゃな中性子線量を浴びてますから、急性障害が当然起こりましたけども、周りの人には、顕著な急性障害が起こるよりも、器官とか組織の一部がダメージを、小さい部分に集中的に受けてて、そのためにいろんな症状が出てくる確率の方が高い。それも含めて中性子被曝の特徴です。
局所被曝の影響
質問者
今のですね、小さい部分に集中してという、小さい部分というのはどれくらいの規模を言うんですか。たぶん相手方が言ってくるのは、要するにミクロのレベルでごく一部の細胞が傷つけられてることがあったとしても、線量が低いということは、1単位の線の影響を受けたとしても集中してないわけだから、極めてぽそぽそと遠くにあるだけで、例え胃の粘膜がどうなるとか、集合的に現れてこないはずだと、そういう議論をしてくるんじゃないかと思われるんですが、その点はどうなんでしょう。
市川
今まで中性子の作用の仕方というのを知らない人は昔よく言ってたんです。中性子は玉突き的な影響を与えて、中性子自身は非常に遠いところまで届くけれども、陽子はすぐに止まっちゃうから局所的な影響なんだと。ただし、さっきも僕が説明したように、中性子は1回水素とあたって、エネルギーを大きく失うことないんです。ちょっとずつ失っていく。しかも、だんだん中性子のエネルギーが弱まるほど、次にあたって飛ばす距離もあまりないですし、より近い距離で衝突しながらエネルギーを失っていきますから、結果的にははじめのころ起こってる事象は、ほんとに陽子だけの影響で、陽子も最初は強い運動エネルギーをもらいますから、ある程度は飛ぶんです。
それで、そのころでも40ミクロンとか、35ミクロンとか、40マイクロメーターね。そのぐらいの距離しか陽子ですから飛ばないんです。しかし、40ミクロンといっても結構大きいですよ。40ミクロンだったら、標準的な細胞で4細胞貫きますから。連続した4細胞ね。それで、その後どんどん中性子のエネルギーが失われていくにつれ、陽子を飛ばす距離は短くなって、その1個1個のエネルギーの範囲も小さくなって。ところが、いちばん問題なのは、中性子がどんどんエネルギーを失っていって、そして1個がぶつかってから次にぶつかるまでに、遠くには飛ばないし、水は豊富ですから、次々とあたってしまう。そういうことになった方が生物効果が大きいから、さっきも言ったように中性子の生物効果は、ガンマ線なんかのように距離の2乗に反比例しないで、距離の遠いところにもけっこう残るというのは、その最後の方の中性子にあたってる可能性もあるわけです。遠い人ほどその確率は高い。
だから、そういういろんなことが複雑に関係してますから、ある意味では、あのような3人の作業者のように、発生源のすぐ直近で体中に中性子を集中放射のように受けたら、もちろん急性障害が出ます。あとは、どっちかというと、さっき説明したように、障害が早く出たとしても、急性障害のように酷くなくて、例えば消化不良になるとか、ちょっと神経失調症になるとか、どっかで痛みを感じるとか、そういう形であらわれてるのが中性子被曝の特徴になるだろうと思ってるんですよ。
講演録(7) 質問
被曝した場所による違い
質問者
集中的に、局所的にダメージを与えているというか、局所の範囲が消化不良とか、神経障害を起こしうるような規模になりうると考えてよろしんですか。
市川
それは、あたった場所によるわけですね。例えばホルモンというのは受容体というタンパク質が存在して、はじめてホルモンとして働くんです。ところが、受容体というのは、それを必要としている部分に局在しているわけなんです。その受容体が存在してる部分に中性子があたると、受容体がなくなりますから、そのホルモンは働かなくなっちゃうんです。
質問者
そこにあたればということですか。
市川
うん。例えば今、環境ホルモンが問題になってるのも、環境ホルモンが立体的な、いろんなホルモンの受容体だと、くっついちゃうんですよ。受容体を占拠してしまって、だからホルモンがそれと結合できないから、そのホルモンが働けなくなっちゃう。受容体というのは局在してますから、そこがやられるとホルモンの異常が出てくるだろうし、例えば消化液の中に含まれる酵素も特定の場所で作られてますから、そういうところにやると消化不良を起こすかもしれない。粘膜のようにお互いの細胞がお互いに依存しあってますから、そのうちの少数がやられても、そこの粘膜の機能を保てなくて口内炎を起こすとか、そういうこともありうるんですね。
人による影響の違い
質問者
例えば同じところに、施設からの距離も同じぐらいの所にいて、同じような条件にいても、例えば粘膜、この口内炎のようなものが発生する人もいれば、しないという人もいるのは、どこで違ってくるでしょうか。
市川
たまたま中性子があるエネルギーを持ってて、中性子はかなりの数が飛んでるはずですから、実際に作業をしていた3人に比べたら密度は低いけども、1つの個体の中で何カ所も中性子は20時間の間に貫いてるはずです。ただし、それが貫く途中で、最初の水素原子核とあたった場所、それからエネルギーを中性子が少しずつ失いながら陽子を追い出していった場所。その何回か起こるなかで、さっき言った肝心な場所の細胞がやられたとこで傷害が起こるわけで、それが外れてると、そういうことが起こってても障害が起こらないこともありうる。
地域による違い
質問者
同じような話で、向こうがよく言ってくることなんですけど、微量の放射線で発病に影響するとすれば、もともと地域によって線量率が違うとか、特に高山の方だと宇宙からのエックス線なり、中性子線なりも大きくなるわけだから、そういう地域で年間線量を比べると、かなりもともと違う。にも関わらず、発病率はそんなに違わないじゃないかという話をよくしてくるわけです。それについては、先生はどうお考えですか。
市川
我々の環境の中での放射線の影響については、例えば両方のデータがあるんです。日本の国内でも、地域によっては放射線レベルが高いところほどガンの発生率は高いというデータもあるし、それを否定してるデータもあります。否定してる人は、粟冠さんといって、もともと東北大の医学部の先生で、この人は東北一帯の放射線レベルと、いくつかのガンの発生率を調べて否定してるんですけども、コホートというんですが、調査の範囲を。そのコホートの取り方が、先生は郡単位なんです、県の中の。
京大の医学部で上野さんという人が神奈川県と大阪府だけに集中して、都市単位までおとして、都市の平均と市町村までもおろして、平均とそこでの発生率ということで、10いくつかのガンについて調べたんです。そこでは、神奈川県も大阪府もきれいな影響が出た、放射線レベルと。郡単位とか大きくしてしまうと、ほとんどないし、その前に科学技術庁の時代に昔出して否定結論では、県単位でやってるんですよ。
そういうことをおっしゃってる人は、昔の古いデータに基づいて言っておられると思いますよ。その上野さんが示したのは、粟冠さんと同じように、昔の郡単位でやると関係ないことになると。
それはチェルノブイリの事故が起こったあとで、イギリスでそういう放射線遺伝学的な、放射線による発ガンとか、それに対する討論会があって、上野さんが招かれて行って、原子力を良しとする人と、チェルノブイリの事故を直面して原子力を止めるべきだという、両方の学者が集まって1つのシンポジウムを開いてるんです。僕は、その本を日本語に訳してるんです。それは絶版になってるんで、英語のタイトルは違うんですが、日本人に分りやすいように、『放射線の人体への影響-低レベル放射線の危険性をめぐる論争』というタイトルで出しました。中央洋書出版部というところから発行されたんです。そこが景気が悪くなってから破産して絶版になっちゃったんです。出したのは、86年に出た本を1989年にその訳本で出してます。僕と女性1人と男性1人と手分けして、3人で訳本にしたんですけどね。イギリスでの論争です。
イギリスの学者だけでの論争じゃなくて、日本からは彼1人だったんですけど、その時に僕も誘われたんですけど、僕はその時、既にチェルノブイリの事故の影響をヨーロッパのいくつかの国から頼まれて線量測定を一生懸命やってましたから、その討論会にはいけなかったんです。あの時、僕も胸にTLDを付けてヨーロッパのいろんなところを調査にあたるだけで、結構被曝したんです。
中性子と化学物質との相乗効果
質問者
あと、先生が最後に言われた相乗効果について質問したいんですけども、先程から抽象的に、ある化学物質と、ある放射線、とりわけ、エックス線と違うとおっしゃったんですけども、その先生がなされた研究の、実際されたものと、これからやれそうなものの中に、まさに今回問題になっている、放射線の方でいけば、中性子線の今回浴びたような線量で、それと比較的ありそうな化学物質との組み合わせで相乗効果はありそうな感じですか。
市川
僕が目をつけたのは、どういうことかというと、DNAの2重らせんね。2重らせんのうちの鎖の1本を切るのか、2本を切るのかに関わらず、DNAの鎖の切断をするものの間では相乗効果は起こるはずだということが、まず第1。
それで、DNAの鎖を切る化学物質と、放射線はどの種類の放射線も全部DNAの鎖を切りますから、紫外線という放射線、これは電離放射線じゃないですけど、光の一部です。電離効果のない放射線である紫外線だけは鎖をほとんど切らないですから、1番目のご質問にお答えしたような紫外線による障害を光回復するとか、別の機構ですから、DNAの鎖を切るものは紫外線とは相乗効果ないだろうと。だけど、DNAの鎖を切るものは、エックス線と相乗効果が出るはずだということで調べていったんです。
それから、化学物質の間でも、同じようにDNAの鎖を切る効果を持ってるもの同士だったら、そういう意味じゃやっぱり相乗効果があると。そういうことからいって、その他に関わる問題としては、違う作用機構であっても、例えば修復機構に関連のあるもの同士だったらあるんじゃないかと。つまり、どっちもの作用によって修復機構が落ちてしまえば、修復機構は同じだから、どっちも直せなくなって相乗効果がでるはずだと。だけど、こっちの方が証明が難しいから2年ぐらいしかやってないです。
質問者
中性子線も扱ったわけですか。
市川
中性子線については、2例だけです。というのは、中性子を当てるためには特別の装置がいりまして、その特別装置を持ってるとこで化学物質も同時に処理できるという設備がないとできませんから、だいたい中性子なんかを扱ってるところで、そういうものを持ち込むこと自身が法律上禁止されてますから、特別なケースしかできないですね。
質問者
普通はガンマ線で…
市川
普通はエックス線でやってます。ただし、中性子の場合でできる機会があったのは、京大の原子炉ですけど、もともと照射のために付けてある穴があるんですよ。そこに空気の圧力をかけて高速で送るカプセルのなかに、化学物質で処理した状態で材料を入れて送って、中性子はカプセルを平気で貫きますから、それで中性子の調査をできるようにしたんですよ。京大原子炉で、熊取のね。やった結果、やっぱりEMSは中性子ともエックス線とも相乗効果を示した。EMSはアルキル化剤のひとつなんですけど。それと相乗効果を見せたということはわかってます。
質問者
実際に扱われたのは2例だけれど、理論的には同じようにありえると。
市川
起こるはずだと考えています。
放射線は体にいい?
質問者
生物の自己防衛機能で、多少の、ある程度の一定の線量で、防備できる範囲の線量で、成長がよくなったり、そういう効果があるということ自身が、ある意味、生物体が放射線に反応しているということですよね。危険があるから反応しているわけですよね。だから体にいいんだとか、そういうふうにそこで言えてしまう論理がわからないですね。
市川
体にいいなんてことは言えないということははっきり言える。というのは、危険があるから体を直そうとしている証拠なんです。
質問者
そのとおりですよね。その方がずっとわかりやすいですよね。
質問者
突然変異が、いい方に働くというとはあんまりないということですか。
市川
それは、まれにあります。だけど、放射線の場合はDNAがほとんど鎖が切られてしまうんで、元通りには戻らないことがほとんどですから。しかも、遺伝子というのは、放射線によって起こった突然変異というのは、今は被曝2世のことをやってるんだけど、原爆によって起こった突然変異も、放影研というとこは血液中のタンパクを調べてる。それで、非被曝者の子と被曝2世の子の間で、異常な、普通には見られない、タンパクの量が違うかどうかというのをタンパク質の分析でやったんだけど、そのやり方の間違いは、放射線によって起こった突然変異のほとんどは、タンパクを作れないという突然変異なんですよ。まったく働かなくなってるのが多い。違うタンパクを作るというのは、まだ働く能力がその突然変異遺伝子に残ってて、アミノ酸の配列の違うタンパクを作るんです。ところが、放射線によって起こってる突然変異というのは、それがほとんどないんで、だから僕が使ったガンマフィールドで、たくさん突然変異を何万も見つけたんだけど、役に立つのがないというのがそれなんです。それで、だんだんやる人がなくなったから、今の農林水産大臣は、もっとあそこを活用しろといって怒ってるんですよ。
質問者
よく世間話で言うと、トンビがタカ産んだというか、突然変異だとかいう、自然の突然変異と人工の突然変異というか、放射線のとはまったく違うのですか。
市川
ぜんぜん違う。自然に起こってる突然変異と、はじめは同じだと思ってたから、ああいうことをやり始めたんだけど、自然に起こってる突然変異は、塩基の対が1つ、またはごく少数変わっただけで、だからタンパクのアミノ酸の配列が1つ変わるだけとか、2つ変わるだけとか、そんなんだけど、放射線によって起こるのは、切れてしまう。それを直そうと、つなぎかえようとするんだけど、例えば遺伝暗号というのは、DNAの3塩基ごとにアミノ酸を指定してるんだけど、1つ2つ抜けたりしたら、遺伝暗号のフレームシフトというんだけど、3つずつの枠が狂ってくるでしょ。そしたら、その途中で停止暗号というんだけど、もう止めという暗号が出ちゃう。そうするとちゃんとしたタンパクができないままで終わってしまうことが多い。
だから、ぜんぜん自然に起こってるものとは違います。自然でもフレームシフトというやつは、起こるには起こるんだけど、全部の自然突然変異の中の過半数は、塩基1対だけが変わっただけ。だから、我々の人類にも残ってる、いろんな遺伝性の疾患があるでしょ。それを調べてみると塩基1対の1カ所が変わっただけ、ほとんどがそうです。だから、ちゃんとタンパクは作るんです。ただ、もとの正常なタンパクに比べて機能が落ちる。例えば鎌形赤血球貧血症というのがあるんですが、1つ変わってるだけなんですよ。ところが、酸素との結合力は、鎌形赤血球貧血症というのでは、そのなかに入ってるヘモグロビンというのが、普通のヘモグロビンに比べて半分なんです。だから貧血症なんです。ところが、これはアフリカの黒人に多くて、マラリアを起こすハマダラ蚊が繁殖するところに多いんです。なぜかといったら、ハマダラ蚊は鎌形赤血球が大嫌いなんです。それで刺されない、マラリアになりにくいということで、そこにはわりとまだ残ってる。
司会者
ありがとうございました。