<目 次>
第1章バグフィルターによるセシウムの除去効率
1.バグフィルターの濾過(ろか)特性
2.環境省指針に基づく測定データの問題点
3.バグフィルターの性能を実験によって検証したか?
第2章バグフィルターを通過する微粒子の存在証拠
1.消音機(サイレンサー)に付着した焼却灰
2.降下法による煤塵(ばいじん)測定
第3章バグフィルターを通過すると予想されるセシウム
-塩化セシウムの蒸気圧と微小微粒子量をもとにして-
結 論
第1章バグフィルターによるセシウムの除去効率
1.バグフィルターの濾過(ろか)特性
バグフィルターは濾布(ろふ)と呼ばれるフィルターを用いて空気中の微粒子を除去するものである。バグフィルター、集塵機などの作動原理は、空気分子やそれに近い小さいサイズの微粒子を通過させることにより、サイズの大きい微粒子を捕獲するものである。サイズの小さい微粒子や空気分子を逃がすことにより、大きな微粒子が捕獲できるのである。気密なビニールシートなどを用いた濾過(ろか)はあり得ない。濾布(ろふ)には布目の大きさがあり、その大きさに応じて通過する微粒子のサイズが決定する。
下の図1は池野栄宣氏の論文からの引用である。フィルターは燃焼煤塵(ばいじん)を通過させる時間の経過にともない目詰まりを起こすので、一定時間ごとに目に詰まった埃を払い落としては繰り返し使用する。埃が払い落とされた直後は布の目に応じた濾過(ろか)ができるが、目が詰まってくると通過できる微粒子の粒径は小さくなる。目詰まりすると微粒子が通過できる濾布(ろふ)の穴の数が減少し、通過できる微粒子の径も小さくなる。すなわち、微小微粒子や空気分子などが通過しにくくなり圧力が上昇する。このようにバグフィルターは通過させる微粒子の粒径が刻々と変わるものである。それゆえ、微粒子の粒径に応じて通過割合が違うという確率的濾過(ろか)を行うものである。
上記フィルターの捕集効率は、目詰まりの多い方がより小さい粒子も捕集しうる特性を持つ。ゆえに新品のバグフィルターの捕集効率は濾布(ろふ)に残留蓄積される粉じんが無いために極めて悪い。フィルターの目より小さい粒子が繊維にぶつかって捕獲される。これは分子間力や静電気力が微粒子の熱エネルギーより大きいときに生じる現象である。室温での実験では多く見られるようであるが、温度が200℃まで上昇している焼却炉バグフィルターでは確率が極めて小さくなる。したがって本考察では分子間力での捕獲は無視して考察する。
さらに、払落し時には大量の粉塵が背後に漏れ出て、これがバグフィルターの無視できない特性となっている。
すなわち、バグフィルターには以下のような特性がある。
【1】微小微粒子と空気分子の酸素、窒素、および液体は、常にフィルターを通過する。
【2】濾布(ろふ)のメッシュにかかる大きさを持つ微粒子よりも小さい径の微粒子は、確率的に捕集される。目が詰まるほど捕集効率は良くなる。捕集できる粒径は時間とともに小さくなる。
【3】バグフィルターは新品のものは濾布(ろふ)に残留蓄積された粉じんが無いので、捕集効率は極めて悪い。
【4】フィルターで分離されるものは、固体で、ある程度以上の粒径を持つ微粒子である。
【5】焼却炉でのバグフィルター直前の排気ガスの温度200℃では活性化エネルギーが高いので、分子間力で捕捉される現象は小さくなる。
【6】払落し時には大量の粉じんが背後に漏れる。
2.環境省指針に基づく測定データの問題点
環境省の指針に基づく測定には、微小サイズ微粒子と気体は測定できないという問題がある。以下、焼却施設における測定データについて、その具体例を述べる。
1)環境省は、平成23年8月9日、「福島県内の災害廃棄物の処理における焼却施設及びモニタリング」※1 として、電気集塵機を設置している焼却施設における排ガス中の放射能試験測定を報告している。それによると、排ガスの収集法について、次のように述べている。
「排ガス分析用試料は、「JIS Z 8808:排ガス中のダスト濃度の測定方法」により採取した。ろ紙には0.3μmDOP捕捉効率99.9%以上のシリカ繊維(ADVANTEC円筒濾紙№88RH)を用い、約1時間で約1㎥Nの吸引を行った。」バグフィルターのセシウム通過率(1から除去率を引いたもの)とは、バグフィルターに入る前の排ガス中のセシウム量に対して、バグフィルターを通過してしまった後の排ガス中の微小粒子および分子気体中のセシウム量の比率である。通過してしまったセシウム量を収集して検査し、初めてバグフィルターの放射能除去率が議論できるのである。この事情を図2~図4に説明する。
図2はバグフィルターに入る前の放射性セシウムの微粒子や分子(原子)のサイズには分布があることを示す。図3はバグフィルターによる粒子の捕獲を示す。微小微粒子と分子(原子)は背後に通過する。
図4はバグフィルターの除去率を示す。捕獲前の放射性セシウム総量に対する通過してしまった微小粒子等の比率(通過率)が決定的である。
環境省等で実施した除去率検査におけるもっとも重大な間違いは、排ガス収集に、微小粒子・気体を通過させる特性を有するろ紙を使用していることである。
実験に用いた排気ガス収集のための集塵機においても、バグフィルター同様、気体や超微小粒子は捕捉できない(気体や超微小粒子を捕捉してしまえば装置の機能:「集塵」が麻痺する)装置を使っているのである。バグフィルターで逃した気体を調べるのに、その逃した気体をそのまま逃す方法をとっているのである。これではバグフィルターから漏れた気体および超微小粒子の放射能を測定できるはずがない。環境省等の行った除去率測定で実際に行われた事柄を図5と図6に示す。
図5はバグフィルター通過後の集塵機の様子である。バグフィルターで捕獲される大きいサイズは文字通り「通過していない」ので、捕獲量は少ない。図6は環境省などの行った「除去率測定」で実際に出した数値の内容を示す。捕獲すべきバグフィルター背後に通過した微小微粒子は全く捕獲されていないので、測定には意味がない。環境省がいう「試験を行った」は、まったく間違った方法によるものであった。
ここで数値を挙げて「除去率」としているのは、もともとバグフィルターで捕捉できる大きなサイズの微粒子に限って集塵機で捕捉して、捕捉したものについて計測した除去率なのである。おそらく0.4~0.5μmφ以上の大きな微粒子の補足率は99.99%程度であり、それを集塵機で確認したにすぎない。それはバグフィルターのセシウム除去率と呼べるものではない。
2)同様に、資源循環局は、平成24 年3 月14 日、「バグフィルターの構造及び除去率について」※2と称する資料の中で、こう報告している。
国は、「災害廃棄物の広域処理の推進について(ガイドライン)」のなかで、放射性物質を含む廃棄物の焼却処理における排ガスの安全性について、福島県内の焼却施設で行った実証試験で、バグフィルターにより99.99%の放射性セシウムが除去されることを確認したとしています。この測定の排ガス収集装置においても、1)で述べた誤りを繰り返している。このような方法で行った「確認」は、科学的に意味をなさない。
【1】99.99%の意味するところは、集塵機で捕獲できるサイズの大きい微粒子については、バグフィルターでも99.99%捕捉できるということである。バグフィルターで背後に逃がした微小微粒子と気体については、全く捕捉できていない。すなわち、この収集方法ではバグフィルターのセシウム除去率を求めることはできない。
【2】集塵機はフィルターの原理である「背後に漏らす」ことを作動原理としている以上、バグフィルターで漏らした気体集団について測定することはできない。
【3】結論として、99.99%という数値はバグフィルターのセシウム除去率ではない。セシウムなどを検出する能力がない方法で、バグフィルターでもともと除去できる大きなサイズの微粒子の補足を「確認した」にすぎない。確認したもの内容が異なるのである。
3)さらに、国立環境研究所の資料、第6章の表6.1-医学処理設備による除去率の調査結果※3は、いずれも測定手段が上述の微小微粒子と気体を筒抜けする捕獲装置(電気集塵機)によるもので、上記の2報告と同様、セシウム除去率に該当する数値ではない。
3.バグフィルターの性能を実験によって検証したか?
1)大阪市は、平成24年10月11日、実験試料「放射性物質の測定方法に関する確認について」※4において、焼却がれき中のセシウム濃度より10桁も高い濃度で、バグフィルターの性能を検証したと報告している。また同報告では、排ガス中におけるセシウムは全て塩化セシウムであると仮定して実験を行い、「高温でガス化したセシウムは200℃の円筒ろ紙によって固体粒子として全て捕獲され、ガス状セシウムは検出されない」としている。
現実より濃度が10桁も高い状態で実験したものが、はたして実際の焼却炉でのセシウムの状態を再現しているだろうか? 科学的に見るとそれは全く「否」である。
【1】前記の飽和蒸気圧における排気ガス中の塩化セシウムの存在量と取り扱う塩化セシウムの濃度が10桁も違うと、フィルターにとらえられるセシウム量とフィルターから抜け出る「気体」中のセシウム量の比率も10桁違いとなる。現実の排ガス中でフィルターの背後に抜ける「微小微粒子と気体」については、気体に注目すると、気体中では200℃で飽和蒸気圧となる濃度の塩化セシウムが存在する。これを考慮すると、バグフィルター出口の濃度は、200℃の飽和蒸気圧で決まるセシウム濃度とみなして良い。すなわち出力はほぼ一定で変わらないのである。入力としてのバグフィルター前のセシウム濃度が10桁も違うと「計算」上の除去率も10桁のケタ違いとなり、現実条件を再現するには程遠い実験企画である。
実際には、気体に加えて微小微粒子中のセシウムが存在するので、純気体中のセシウム濃度に比してケタ違いのセシウム濃度であることを考慮しても、バグフィルター前後の比率は実際の比率とはケタ違いである。現実をこのようなモデルで実験することに、科学的根拠は見いだせない。したがって、この実験結果をがれき焼却の場合に適用することはできない。
【2】さらに、ガス吸収ビンで気体の塩化セシウムを捕捉する方法も定量的測定の保証されない方法である。標準状態での気体の平均自由行程は0.1μm程度である。その場所0.1μm範囲から外には出ない。その移動については塩化セシウムの分子の場合は拡散運動に従い、微小微粒子の場合はブラウン運動に従う。
気泡の直径が1mm程度ならば、膨大な酸素・窒素分子に囲まれている。塩化セシウム(あるいはセシウム化合物)分子あるいは微粒子が気泡表面に達し、水に接することにより初めて溶ける。全てのセシウムが水溶性であるとしても、自然拡散に従って気泡表面に達して全部が溶けるまでには1時間単位の時間が必要である。さらに不溶性の微粒子等は溶けださない。この方法は定量的測定をする目的に適わない方法である。たとえ数値が出てもそれは全体に対して一部でしかない部分量であり、定量的な意味はない。NDだから「ない」と結論付けるのは誤りである。この様子を図7に示す。
【3】以上の「不適切」に加えて本質的欠陥がさらにある。実験条件として記されているように円筒フィルターの温度が200℃として、フィルター通過時の塩化セシウムの飽和蒸気圧は10-9Pa(10-14atm)である。1回の通過気体量が3000ℓ程度の容積中のセシウムは、全量が捕捉されたとしても、測定下限値0.01mgの5ケタほども少ない量である。実際の排ガス中には微小微粒子に凝結したセシウムがあるので、気体中の量に比して数ケタ上回るセシウム量が存在する。それを考慮しても計測できるはずのない微小量なのである。
ちなみに、本実験と同様にずさんな実験である下記の2)で述べる実験結果は 同じ信憑性が無いにしろ例えば気体中の塩化セシウム量として 0.014μg/m3N という値を示す。本実験の検出限界では計測できない排ガス中濃度である。
本実験は、科学実験に必須の、量的検討・考察(オーダーエスティメーション)が根本的に欠け落ちている。数字で出された除去率に科学的意味はない。
なお、大阪市の一連の放射能濃度測定、国の「放射能濃度等測定方法ガイドライン」平成25年3月※5に基づき行われており、この項で論じた方法によるものである。排ガス測定結果の「不検出」は信用できない。
2)平成23年6月19日、環境省が開催した第3回災害廃棄物安全評価検討会の資料6-3:京都大学高岡昌輝氏の「一般廃棄物焼却施設の排ガス処理におけるセシウム、ストロンチウムの除去挙動」※6ついては、以下の点を指摘しておく。
【1】この論文は単位系と数値に混乱があり、フォロー不能である。ICP-MSの測定の定量下限として0.01μg/ℓを提示している。非水溶性と水溶性の試料はそれぞれ100㎖及び50㎖に定量している。論文中の結果:表1では当然溶媒容積の少ない方がℓ当たりの精度としては小さくなるはずである。実験で結果ではその精度比率が逆転している。
【2】さらに、バグフィルター前では69.2ℓ、バグフィルター後では34,500ℓの排ガスを試料として収集している。試料の量に約500倍の違いがある。カスケードインパクターの元素解析には上記分解能(測定限界)が存在する。この測定限界は流した排ガス流量で変化することはない。ところが結果表示ではいきなり流した流量でカスケードインパクターの分解能を割って測定の分解能としている。この分解能の提示は正しくない。
【3】同時にカスケードインパクターの測定量を表示せずにいきなり㎥Nあたりに換算している。この方法ではカスケードインパクター試料分析分解能の400倍のCs濃度が検出されても流量の比:約500で割ってしまえばND以下に沈んでしまう。実験の内実はおそらく有意な数値が得られているはずであるが、この誤った数値処理で、バグフィルター後(煙突)での測定結果は全て測定下限とされている。この数値処理方法では測定結果の提示にはなりえないのである。このような結果提示は、99.99%などの高い数値を出すための数値処理と疑わざるを得ない。
【4】実験者はバグフィルター前の測定結果、すなわちgas:0.014μg/m3Nから「バグフィルターにおいてはガス態のものがフィルターを通過し、後段に抜けたとすると」として、バグフィルターの精度を算出している。もしこの仮定が成り立つと、バグフィルター後(煙突)の測定においてもガス態の量は0.014μg/m3Nと変わらないはずである。しかし実験結果の表1などには、その10分の1以下の「測定不能」量が提示される。これは明らかに「仮定」が間違っているか、測定プロセスが不適切であるか、あるいは両者が絡み合っているのかのどちらかである。実際は測定方法が間違っているのである。
【5】ガス採取における処理過程が高岡氏の論文の図1に提示されている。ガス成分を取り除くとして、5%H2O2の層をガスとして通過させている。すでに記したとおり、この方法ではガス中の全Csを捉えることは決してできない。定量的な溶解度などの試験をするには数時間の規模の時間が必要である。この方法は定量的測定をする目的に適わない方法である。たとえ数値が出ても定量的な意味は無い。
実験結果のバグフィルター前後のガス態のセシウム濃度が異なることは、ガス捕捉方法が不適切であることをよく物語っている。
実験結果は、非水溶性のセシウムはより粒径の小さくなる back up filter で量を増している。気体においても量を増やす傾向がありうる。また表1から全セシウム量は1μm以下の粒子にかなり集中している。この意味からも気体の測定法は重要である。
この実験方法によるガス態中のセシウム捕捉はホンの一部であり、全量捕捉はあり得ない。表1から推測しても一部分しか測定できていない値であるが、同じ値であるべきバグフィルター前と煙突の値から推察するに、表1での気体の測定量は、実際に存在する量の100分の1~1000分の1程度の可能性がある。したがってバグフィルターの除去率99.87%には科学的根拠が何もない。まして99.99%はもっと根拠の薄い数値である。
最も重要なバグフィルター通過後(煙突)の分析が全くなされていない。加えてガス態中のセシウム捕捉方法は、全量捕捉できるものではない。
【6】バグフィルターのカタログ上の精度は、粒径0.3μmを90%捕獲程度である。(「バグフィルター」のおさらい-放射性物質の捕捉は期待できるのか:ごみ・環境ビジョン21 理事 多田 眞※7)
実用段階では精度はもっと悪くなることが予想される。バグフィルターには、後述するように、微小微粒子を通過させている証拠がある。仮にバグフィルターの補足力を0.4μmと置くと、上記高岡氏の実験では buck up filter の分までバグフィルター通過成分として加えねばならない。バグフィルターの除去率は(空気補足分をそのままの数値にして)約80%、本実験での気体の数値が100分の1であるとすると約70%となる。さらにその上の stage 8 の分までバグフィルターを通過しているとすると50%まで除去率は落ちる。
あくまでバグフィルター自体の除去率を測定により求めるべきであるのに、それができていないのがこの論文である。この論文は基本的な記述に「追跡不能」な誤りがあり、99.99%などとする科学的な裏付けは全くない。
第2章バグフィルターを通過する微粒子の存在証拠
1.消音機(サイレンサー)に付着した焼却灰
2012年10月25日、ジャーナリスト井上正之氏は、「焼却炉のフィルターをくぐり抜ける放射能 拡大する管理なき被ばく労働(1)」※8と題して、バグフィルターの性能に関する次のような取材記事を掲載している。(以下一部引用)
「これを見てください」そう言って出した数枚の写真には、円筒状の外装にロケット状の吸音体を格納した、飛行機のジェットエンジンにも似た金属設備が写っている。
社長は続ける。「これはサイレンサ。消音器です。焼却施設の騒音が煙突から出ていかないようにするもので、それなりの規模の焼却炉には必ずついています。
消音器は電気集じん機やバグフィルターといった集じん設備の後ろ、煙突のすぐ手前に取り付けます。
ですから、消音器を通る排ガスはきれいになった状態で通過するはずです。でも見てください。
これがうちで修理した消音器(図8)なのですが、修理前はこれです(図9)」
社長が指さした写真はジェットエンジンの前部のような消音器の吸入口を撮影したものだ。
今年になって修理したという、修理後の消音器はきれいな銀色の金属製品だが、修理前のものは全面に薄茶色の粉じん状のものがこびりついていて、まるで磁石に砂鉄をくっつけたようにこんもりとしている。
「すごいでしょう。これ、みんな焼却灰です。バグフィルターで焼却灰の99.99%が除去されていると言いますが、実際にはこういうものが外に出て行っているんです」
2.降下法による煤塵(ばいじん)測定
2013年1月10日、同じく井上氏は、「静岡市の震災がれき試験焼却で明らかになった広域処理での放射能拡散増加の可能性」※9と題する記事で、焼却施設の煙突より出た排ガスを別の方法で収集した測定結果を報告している。(以下一部引用)
12月上旬にそのうち4ヵ所の試料を名古屋大学名誉教授の古川路明氏を通じて専門機関で分析してもらったところ、下表に示したとおり、最大で1平方メートルあたり0.4ベクレルの放射性セシウム137を検出した。
国が実施している同様の調査によれば、静岡市の採取場所で6月の1ヵ月間に放射性セシウム137が1平方メートルあたり0.54ベクレルだった。つまり、試験焼却時の3日間(設置から回収までだと計5日間)だけで、1ヵ月分の7割以上の放射性セシウム137が降り積もった計算になる。
同ネットワークの野田隆宏氏(仮名)は今回の試算から「焼却温度が800度程度のストーカ炉ではあまりセシウムが減っていなくて、1500度の灰溶融でいきなり100万ベクレルくらい減った。これは灰溶融の高温で塩化セシウムが揮発したためではないか」と指摘する。
野田氏は以前に静岡県島田市での試験焼却時に物質収支に加え、集じん装置の入口濃度と出口で捕集された溶融飛灰の放射能量から除去率を推計し、2012年3月の環境省交渉で「物質収支から算出されたセシウム137の除去率は65%で、排ガスの分析から算出された除去率は53~62%。バグフィルターによる除去率は60%程度であり、約4割が外部に漏れている可能性がある」と発表した。このときの経験をふまえて、こうも話す。
「島田市も高温溶融炉を採用していた。高温による処理のほうが放射性セシウムがバグフィルター(などのろ過式集じん機)を抜けて外部に流出しやすいのではないか」
第3章バグフィルターを通過すると予想されるセシウム
-塩化セシウムの蒸気圧と微小微粒子量をもとにしてー
環境中でセシウムのもっとも安定な姿は塩化セシウム(CsCl)であると言われる。福島第一原子炉から放出されたセシウムは3月15日(まで)の爆発では合金状あるいはガラス上の不溶性の微粒子として放出され、それ以後のものは水溶性微粒子とされる。(Adachi K, et al:Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident, Scientific Reports, 2013:※10)
これらががれきに付着し800℃で燃焼される。どのような変化を受けるであろうか? ガラス状微粒子も800℃の燃焼で酸化物あるいは塩化物になるのだろうか? 未解明なところが多い。大部分が塩化セシウムとされているので、この点での物性を探る。
塩化セシウム化合物の融点は645℃で、沸点は1295℃である。環境中ですでに塩化セシウムになっているものは800℃焼かれても塩化セシウムのままでいる確率が高い。焼かれた後200℃に急冷されバグフィルターに入る。融点・沸点などで区分される相転移(気相、液相、固相間の相互転移)は一次転移であり潜熱を伴う。上の温度から相転移をするときには自由エネルギーの放出をしなければならず、急冷のようなときには過冷却が生じる。温度履歴も存在する。
800℃から200℃へ急冷されるときは高温相からの転移であり、エネルギーを放出しきれず固体化に遅れを生じる。通常の蒸気圧曲線は平衡状態を達成して得られる圧力である。平衡状態とは例えば液相から気相に蒸発する分子の数と気相から液相に入る分子の数が同じになるという条件である。急冷されるときには平衡状態は達成されず、蒸気圧はより高温側の状態を引きずるために高圧側にずれている可能性が十分ある。したがってバグフィルターを通過する分子の数は予想されるより多い。
バグフィルターを通過する温度である200℃に於ける飽和蒸気圧に基づいて論考を進める。上記考察でも述べたが、焼却後のガス温度が蒸気を多く含む高温から冷却され、かつ200℃に冷却される過程で多くの塩化セシウムが析出しその微粒子がフィルターで捕獲されるところから200℃では塩化セシウムを含むガスは飽和状態でいると熱力学的には判断される。温度の急速降下で過冷却の可能性を考慮すると、バグフィルター通過後のガス中には塩化セシウムは飽和状態以上の圧力で存在すると判断するのが科学的に妥当である。最低条件での飽和状態で考察する。
CsClの飽和蒸気圧を調べると、600℃で7.25Pa、200℃(473K)で 1×10-9 Paである。200℃の温度でのCs137の濃度は、120Bq/m3(標準状態に換算すると、約210 Bq/m3)。温度によって急激に飽和蒸気圧が変わる。(国立環境研究所 資源環境・廃棄物研究センター:「放射性物質の挙動からみた適正な廃棄物処理処分(技術資料)第四版」第6章、69頁※3)
冷却過程でかなりのCsCl が析出する。析出時は、排ガスはもちろん塩化セシウムが飽和状態である。なぜならば、温度効果とともに飽和蒸気圧が減少し、排ガス中に蒸気として存在できない部分が析出するからである。200℃でのバグフィルターとその後の温度低下でも飽和状態が保たれていると仮定するのは十分な科学的根拠がある。バグフィルターに入る排ガスに気体としてのCsClがどれほど含まれているか? 大阪市においては、2013年2月1日から9月7日までの219日間に、焼却場から9億534万6千m3Nの量の排ガスが排出されている。
この排ガスがCsClの飽和蒸気圧状態であるとして試算する。放射性セシウムの全体のセシウム中での濃度は不明であるが、全体量100%が放射性だと仮定するとほぼ1011ベクレル、半分だとすると5×1010ベクレル、10分の1とすると1×1010(100億)ベクレルほどの放射能量となる。そのうちの40%が通過(除去率60%)すると仮定すると、それぞれ通過量は4×1010、2×1010、4×109 ベクレルとなる。
それに加え、微小微粒子がバグフィルターの背後に通過しており、その微粒子からの放射線は飽和蒸気圧状態にある塩化セシウムより数ケタ大きいと推察される。0.1μmの微粒子の中におよそ109個の原子があり、そのうち何%が放射能を持つか、微粒子がどれだけの数・量存在するかによっている。飽和蒸気圧状態の塩化セシウムガスよりはるかに多量であると推察する。
ただし、ここで扱う数値は、報告されている数字以外はオーダーエスティメーションとしての値であり、値そのものより桁数(大きさの程度)を求めるうえで意味のある数値である。
放射能被害の大きさは全体量で効いてくる。汚染の強さと人口に比例して健康被害の量が推し量られる。
「放射性物質の濃度が法定基準以下であれば被害は出ない」というのは、全く誤った見解である。
低線量被曝による健康被害は前意見書に詳述したが、ドイツ政府の行った原発周辺住民の健康調査「KiKK研究」※11でも明らかにされている。
何の事故もなく正常稼働している原発周辺地域でも、白血病その他の大きな健康被害が出ているのである。
結 論
バグフィルターのセシウム除去率は、99.99%などという高率ではない。そもそも環境省の指針に基づく実験装置では、バグフィルターを通過した微小微粒子・ガスを捕捉することは原理的不可能である。そのような装置で行った実験結果から、バグフィルターのセシウム除去効率を議論しても意味をなさない。さらに加えて、除去率99.99%を証明したとする実験も、現実より10桁も高いセシウム濃度で行われており、実際の焼却炉内でのセシウム状態を再現しているとは言えない。
バグフィルター背後に装着するサイレンサーの汚れは、大阪府・大阪市の主張することが事実と異なることを示している。市民団体「セーブ・ジャパン・ネットワーク」の行った「降下ばいじん法」は、バグフィルターで漏れ出た微小微粒子・ガスを捕捉することのできる方法であり、その結果の信頼度は高い。バグフィルターの除去率は60%程度と判断すべきである。
飽和蒸気圧量と排出した全ガス量とで試算すると、大阪市におけるがれき焼却で、気体塩化セシウムによる放射能は少なく見積もって約40億ベクレル放出された可能性がある。なお、この計算には微小微粒子による放射能は含まれていない。
※1https://www.env.go.jp/jishin/attach/fukushima_shokyaku110809.pdf
※2http://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/pdf/siryo/j6-20120314-sj-21.pdf
※3http://www.nies.go.jp/shinsai/techrepo_r4_140414_6.pdf
※4http://www.city.osaka.lg.jp/kankyo/cmsfiles/contents/0000187/187721/jikkennsiryou.pdf
※5http://www.env.go.jp/jishin/attach/haikihyouka_kentokai/16/mat02_2.pdf
※6http://www.env.go.jp/jishin/attach/haikihyouka_kentokai/03-mat_5.pdf
※7http://www2u.biglobe.ne.jp/GOMIKAN/sun6/no88%20bagu.pdf
※8http://diamond.jp/articles/-/26833
※9http://diamond.jp/articles/-/30406
※10http://www.nature.com/srep/2013/130830/srep02554/full/srep02554.html
※11http://www.alfred-koerblein.de/cancer/english/kikk.htm